音楽レーベルに勤務しながら写真を少々。現在、国内外100人の写真家によるアートプロジェクト「東京画」に参加。
田中泯「私の子供-舞踊団」第2期生もやってます。
I work in the record & music management company.I am acting as a photographer by private life. Now, I have participated in the art project "TOKYO-GA" by 100 Japanese and international photographers.
And I am also the 2nd term student of the Min-Tanaka "my child-dancing team."
★WORKS★
★NEWS★
2013.4.5 初の個展「One in my life」開催決定
7.2~7.31@目白ENTRE DEUX
2013.1.10 朝日新聞に掲載されました
★Exhibiton★
[2012]
May.16-May.20「TOKYO-GA meets NYPH2012」
111 Front Street,Suite216/Brooklyn,NEW YORK
Mar.27-Apr. 1「見えないものを撮る展~mienai monowo toru ten」
Hilleside Forum/Daikanyama,Tokyo
Feb. 4-Mar.31「東京画第三章~TOKYO-GA Ⅲ」
GALLRY21/Daiba,Tokyo
現在8月開催予定の個展に向けて被写体となって頂ける方を募集しています。ご興味のある方はCONTACTからメールをお願いします。
G.P.FIERET
Gerard Fieretは詩人・画家として活動しながら、1965年から1975年までの10年間は取り憑かれたように写真に没頭し。女性ヌードや、アトリエのあったデン・ハーグの人々、街にあるものなど興味の惹かれたありとあらゆるものを熱狂的に写真に収め、その上にサインやスタンプを施した独特な作品を制作したらしい。しかしそれらは発表されることなく、彼の死後に見つかった膨大なプリントが注目されている。
1日年前にlimartで出くわし写真集に出くわして衝動買いしたんだけど、ベーコンの作品を見たあとに彼の様々な写真が融合してきた。
フランシスベーコンの絵を初めて見たのは10年ぐらい前で、その時は異質な強度に圧倒されただけだった。けれど今回のExibitionを見て感じたのは身体の歪み、滲み、拡散。ベーコンの身体に対する執着に土方巽がどんな想いを持っていたのかと想像するとドキドキする。
特定の場所におけるイメージの動きを技師的なイメージに変容させること。
ベーコンによるイラストレーションと非イラストレーションの定義。前者は描かれた形態がなんなのか知性を介して理解される絵画。後者は見る人の感覚に直接訴かけ多義的な現実をもたらす絵画。だとか。
田中泯→身体表現→土方巽→フランシスベーコン→身体の滲みや拡散、歪み→で?って考えてたらSM緊縛ショーに足を運びたくなった(笑)
具体美術協会をニューヨークでみれるサプライズ。昨年の新国立美術館を見逃してしまったので、思いもしなかった感動でした。今回のニューヨークでBEST EXIBITIONがなんだっのかと言われれれば、多少の思い入れを差し引いたとしても間違いなくグッゲンハイムで開催されていた具体美術協会の「GUTAI」。とにかく一つ一つの作品から発する熱量は夥しく(これが本当に四半世紀以上も前の作品なのか?)、滞留時間といったら半端なかった。
その中でも白髪一雄の身体と脚をフル稼働させたペインティングは圧巻。ひとつひとつの大きなキャンバスからとてつもないエネルギーが放出されている。久々に、というより初めてではないかと思うほど「美術にぶるっ」という経験だった(笑)
そして田中敦子の膨大なメモとそこから生まれた数々のインスタレーション。具体美術協会の作品は前衛アートと称されながらも子供たちとのアートの関わり方や、アートをショーエンタテインメントとしてアプローチしていたものもあり田中敦子の役割は大きかったんだではないだろうか。ちなみに田中敦子はオノヨーコ、草間彌生とともに語られた近代日本アートで重要な立ち位置にいた人らしい。
具体美術協会のアプローチはエレクトリカルなものから、大地そのものと対峙するものまで本当に多岐にわたっている。その中で木枠に張った多数の紙を突き破って通り抜ける紙破りのパフォーマンスをした人が村上三郎。Twitterで「GUTAI」のことをいろいろ投稿していたら、この村上三郎のご子息の村上知彦さんからリプライを頂いた。村上さんは「昨年の新国立美術館は回顧展だったように思えるけど、グッゲンハイムには今があるように感じます」と言われていた。まさしくその通りでニューヨークで感じたものは「現在」だったからこそ、僕はこんなに興奮してるんだと思う。
まだまだ語り尽くせないけど、素晴らしいEXIBITIONでした。とは言っても自分自身まだ具体美術協会について理解していないことが多々あるのでこれから深掘りしてみようと思います。
以下の写真はめちゃくちゃカッコい「GUTAI」マニフェスト。そしてサインボードを高松次郎風に撮ってみました!右側のは「具体カードボックス」で3枚コイン入れてでてきたカード!
ジャクソンアベニューにあるMoMA PS1。廃校になった小学校をミュージアムにした素敵なローケーション。1Fには大きな教室をカフェにしたりして越後妻有のミュージアムのようなアットホームな雰囲気感?
しかしその穏やかな感じと裏腹でExibitionはかなりエッジの効いたあるものばかりだった。
Thomas Lanigan-Schmidt: Tender Love Among the Junk
その中でも「ジャンクと優しい想い」と題されたトーマス・ラニガンシュミットはとびきりクレイジーだった。キリスト教と同性愛をテーマとして日常品やアルミホイル、缶・・・いわば日常のガラクタを寄せ集めPOPでキラキラ感満載の素材で協教会の内部のような空間を作り上げていた。そしてところどころに男性のヌードやペニスが散りばめらているわけで。大きな部屋に展示されてる作品はどれもがとてつもなく繊細で思考的で鮮やかでふしだらでアナーキーでパンクで淫靡。引き寄せる力が凄すぎて気分が悪くなる一歩手前だった。てっきり相当イカれた女性アーティストかと思ったら、なんと1948年生まれの男性作家。凄すぎです。本人の顔や声を聞きたくなった。
エド・アトキンスは精密に作成されたCGに邪悪な生命が宿っているかのような生々しく暴力的な映像インスタレーション。かなりヤバいです。
PS1はその他にも15組ぐらいの作家作品が展示されてて、どれも滞空時間を長くさせられるものばかりだった。ニューミュージアムでも感じたことだけど、日本と比べて海外のアート作品の圧倒的な違いは内包する問題が多岐にわたっていること。政治、宗教、人種差別、ジェンダー、同性愛、戦争・・。それがすごい強度ではあるんだけど、それがすべて良いのかはわかならい。
ニューヨーク新現代美術館で開催されてる“NYC 1993: Experimental Jet Set, Trash and No Star”。ここの美術館はNYCで最もエッジの効いた現代アートを提示しているのだけど、今回のExhibitionも非常に密度の高い作品が羅列されていた。
75組のアーティストは人種やジェンダーの差別、政治、グローバリズム、エイズ、社会制度など多種多様な問題をポップアートとして提示。旅行者の自分は表層的にしか理解できなかったのだけど、ここには確かに日本よりもおそろしく複雑で深い問題が横たわってることを垣間見れた。
というより逆に、様々なことがこうやってアートに転化されていることは、実は日本よりもフラットな世界なのかもしれない。
4Fのフロアをすべて利用したFeltix Gonzalesのインスタレーションは圧巻でした。
Ragner Kjartansson 「The Visitors」
9つのスクリーンに演者が映しだされ、それぞれの演者の楽器の音や声が同期していくインスタレーション。言葉で書いてしまうと味気ないんだけど、始めは異空間に迷い込んだような不安な気持にさせられ、やがて安らぎの空間に支配されていく。いるはずのない演者が徐々に立ち上がり、彼らと同期したような錯覚に陥る。
昔見たアイスランド映画「春にして君を想う」で見た懐かしい光景に繋がっていったのだけど、アーティストサイトを見たらRagner Kjartanssonがアイスランド出身と聞いてこの世界観を納得できた。他にも様々な音楽と映像による作品を手がけているので深りしてみます。シガーロスのミュージックビデオも手がけてます。
訪れた日がExhibitionの最終日だったみたいでラッキーだった。



フォトギャラリー以外でもゾクゾクしたExhibitionがたくさんあった。その中でも最高にカッコよくて濃厚だったのがパブリックアート出身のWKによる360。
作品は、段ボール、紙、パネルで構成された大規模なコラージュ作品が中心で、久しぶりに攻撃性に満ちたエネルギーが溢れてて打ちのめされた。パブリックアートというとカラフルなイメージがあるんだけどWKのモチーフは黒。その黒の闇に観覧者は引きずりこまれていくわけです。WKの黒をみてたら横山大観と同じ場所で展示したらカッコいいだろうな。作品は欲しかったけどちっこいやつで3000ドルは覚悟が必要だった(笑)
展示見たあとに攻撃的な気分にさせられる展示。
ところで段ボールを使った作品は会田誠展で見たけど、会田誠はWKの作品に影響を受けたんだろうか?




There was much Exhibition which felt a chill also except the photogallery. It is 360 by WK of a public art graduate that was the smartest and thick also in it. As for a work, the large-scale collage work which consisted of corrugated paper, paper, and a panel is a center. The energy with which the work was filled to aggressiveness was overflowing, and I was knocked down. The motif of WK is black although there is a colorful image, if it is called public art. The spectator is drawn into the black darkness. When seeing the black of WK and exhibiting at the same place as Taikan Yokoyama, I thought that a parenthesis was probably good.
It is the exhibition made into a feeling offensive after exhibition.
Although I looked at the work using corrugated paper by the Makoto Aida exhibition, was Makoto Aida affected in the work of WK?
そして今回一番ガツンとやられた写真集がELLEN JONGの「Peens on Earth」。ただただ放尿する光景をおさめた作品なんだけど。あまりにもイカれてて見ながら笑ってしまった。けれど単なるファンキーさだけではなく、徐々に美しいアートに見えてくるから不思議。最後まで入手したかった写真集です。
WEBサイトみたらセルフ写真だったというのもビックリ。
蔦屋書店とかABCにあったら買い!
9.11で画像検索したら必ず出てくる写真。それを撮影したのがLyleOwerkoという写真家のフォトブックがClick Bookstoreにあった。この写真家のこと自体は知らなかったのだけどWEBサイトを見ると多彩な写真活動をしているのに驚いた。アフリカやニューヨークのストリートスナップ。長時間露光による物質的な風景。ニューカラー的なアプローチ作品。
むしろこの9.11の写真が異質であり、彼が偶然に立ち会ってしまった光景を無我夢中でシャッターを押したのだろうと想像できる。また彼がこの写真を発表しようとした時の感情の起伏や、世論はどうだったんだろうとも。ちょっと深堀りしたくなった写真家です。
その写真集はディスカウントコーナーにひっそりと置いてあった。
ニューヨークのブックストアもClick BookstoreやDashwood、Power Hose Arenaなどでかなりの時間を費やした。もう面白すぎるし居心地がよすぎる。そこで見つけた写真集で買って帰りたかったけど荷物になるので断念したした写真集をいくつか。
Chris Bucklow「ON THE BEACH」
俯瞰で捉える作品は多数あるけど、この「ON THE BEACH」美しいしヒューマニティを感じた。部屋に飾っときたい写真です。
すべての作品が組写真で展示されてるSally Gall。墨絵のような表現といい、曖昧な空気感といい日本的な匂いがする。
他にも多様なアプローチ作品が展示されていたけど、この鳥のシリーズが素敵だった。WEBにはまだ掲載されてないけどホントに素晴らしい瞬間の組写真があった。
たぶんファッションフォトなんだろうけど硬質でROCKなカンジ。
NUDESと題されたシリーズ。不気味にデフォルメされているんだけど、でもどこかユーモラスな人間たち。
こちらは美しすぎるNUDE。たしかABC青山で写真集があったような気がする。
Hasted Kraeutlerで展示されていたのはErwin Oalf。ギャラリーがひとつの舞台になったような壮大なセットアップ写真が飾られてます。奥のスペースでは壁に覗き穴があって、そこを覗いてみると写真の登場人物たちがリアルに蠢く映像を見ることができて不思議な感覚になった。
どことなくマッギンレーの匂いもありつつ、ロックとかバイオレンスの匂いを感じる作家。カッコいいです!
チェルシーやソーホーのフォトギャラリーもたくさん回って全部書くのが大変なんだけど、その中からいくつか。
一番ときめいたのがDANZINGER GALLERYで見つけたCHIRITOPHER BUCKLOWが表現した女性たち。こういったのツボです!個々のプリントに定着された光は二度と見ることのできない儚い光のシルエットになっている。自然光の産物なのか、人工光の産物なのか。気にはなるけれど、そんなのどうでもいいように思えてくる。
美しいアプローチだなぁ、と。 どういう制作過程なのだろ?
太陽のタイポロジー。壁一面に展示されてていて圧巻。
畠山直哉と近いモチーフだけど、爆発する炎のハートが素敵。
ICPでは2つの展示。
まず最初はロシアとアメリカに国籍を持ちふたつの世界大戦を通じて記録を残したRoman Vishniacという写真家のアーカイブス。特にナチスが台頭していく街の様子や当時のユダヤ人の生活の記録、そして戦後に関する記録は圧巻。言葉や歴史書だけではわかりえない当時の空気感を濃厚に保ったまま佇んでいました。彼の有名な写真は「The Only Floewrs of the Youth」と題されたワルシャワで1938年に撮られた写真。これはWEBなどで何度か見たことがあったけど、やはりオリジナルを見ると目が離せなくなるほどの強度。しかもこの写真は当時のメディアで多数取り上げられ、それらの展示もありました。なによりコンタクトシートを見れたのは貴重だった。
そして同時に開催されていたのが、ローバトキャパたちとマグナムフォトの設立にも携わったDavid Seymour。Roman Vishniacとほぼ同じ時期に戦時中のヨーロッパを撮影。特に反ファシズム闘争から荒廃した国の再建までの克明な記録はVishniacと通じつつも独自の視点を読み取ることができた。
とにかくICPでは1930年~1940年代のヨーロッパに身を委ねるしかありませんでした。たまたまなのか、ApetureもICPもアプローチと時代は異なるものの強度を持つジャーナリズムフォトに触れることができたことは貴重だった。
ニューヨークに行ってきました!5日間でミュージアム、ギャラリーなどかなりなハードスケジュールで駆け回ってきたのですが、その中でも印象深く残った展示に触れてみます。
まずはチェルシーにあるApeture。日本でも有名なこのギャラリーは猫がいたりして穏やかな雰囲気なのだけど、その空間は死の匂いで充満していた。メキシコのフォトジャーナリストであるEnrique Metinidesの50年に及ぶ記録は凄まじい。そこにあるのは「死」と同時に、たったいままでそこにあった「生」もまた、同時に写しだされている。この強烈なコントラストが実に生々しく残酷に刻まれている。
日本と海外の報道写真の違いってなんなんだろ。東日本大震災の時もその妙な違いがあったわけで。報道写真そのものに対する考え方の違いなのか、それとも客観視するキャパシテイの違いなのか。
そもそも「死」との距離感や価値観の違いなのか。
そんなことを考えながらひとつひとつの写真に対峙してたら、めちゃくちゃ疲れました・・。
松本竣介展
どうしても見たかった松本竣介展。年の初めに世田谷美術館に行ってきた。あまりにも有名な「Y市の橋」や「立てる像」など、彼の作品がほぼすべて網羅された圧巻の展示だった。その中であらためて惹かれたのが「郊外」のシリーズ。1940年代にかけて描かれたこの作品は、太平洋戦争に向かう直ながら、まだ東京郊外に残る穏やかな色彩や空気が充満してる。あの時代にこんな洒落た風景があったのかどうかはわからないけど時代を超えた光景を感ずることができた。
また「街の風景」シリーズはモンタージュという複合画法を使い街の風景をいくつものレイヤーに織かさなっていく世界を描いている。必ずしも目の前にある事実を定着させるのではなく、松本竣介の視覚や思考に残像としてある世界を時間軸や空間軸をほんの少しずらす事によって新世界が表現されてる。そして、のちの「Y市の橋」はさらに強度を増して生き物のように多面的に姿で描かれいく。
展示を見終わって感じたことは松本竣介と写真家であるホンマタカシや新津保つ健秀との関連性。ホンマタカシは竣介の「郊外」を、新津保健秀は俊介の「風景」と対峙していたのかもしれない。そんなことを考えると面白い!
先端芸術表現学科2013(第61回東京藝術大学卒業・終了作品展)
先日、藝大先端芸術表現学科の卒業修了作品展に行ったのだけど、オリジナルな覚悟が決まってない先端芸術表現が多くて残念だった。実はもっと期待していたんだけどね。なんというか、どこかで見たことのあるような作品が多くて「すげー先端!」っていうものを感じなかっただけです。
その中で院の伊藤友二さんの「草木は眠る」にやられた。自分が何を見せたいか、ステートメント通り見る人に何を共有してもらいたいかがちゃんと会話できる作品。視覚に対する疑問ということを考えてる自分にとってイカした世界を見れた。新潟の妻有で見た風景(というか自分の中でデフォルメした風景)はまさにこれでした。もう一度、ここらか発展した作品をみたいです。
あと美術研究科の謝花翔陽さんの作品は覚悟の持ち方で群を抜いてた。ドローイングを中心としたインスタレーションはひとつの小宇宙でした。
関係無いけど 金瑞姫さんも先端だったんですね。モノクロのプリントがすごく良かった。1Wallの時よりプリントの強度が増している気がした。
JR 「世界はアートで変わっていく」
ワタリウム美術館ではじまったJR展のオープニングレセプションに行ってきた。JRのこれまでのアーカイブを一堂に展示した今回の試みは貴重です。ただ率直な感想はワタリウムの外壁や2Fフロアをたくさんの人たちの肖像で飾ったりするなど試みはあったもののJRの表現を体感するには、やはり本来のインサイドアウトでないと難しいのかなと。そういう意味ではあくまでワタリウムの展示はJRのアプローチに触れ理解を深める場所としてとらえた方が良いのでしょう。
また東北でのプロジェクト活動はもっと立体的に、あるいは映像的な訴求が欲しいとこでした。実際多くの映像やアーカイブはChim↑Pomの「ひっくかえる展」で見たものだったので余計にそう感じてしまった。6月まで開催される中でうまくビルトアップしてもらえれば嬉しい限りです。
入館者はドット柄を背景にした大型ポスターをプリントアウトできるので、これから話題になるとは思います。和多利さんもおしゃってましたが、こういったことをきっかけにJRのインサイドアウトの取り組みに関心と理解が深まれば日本でも面白い世界が実現できるかもしれませんね。
大州大作 「光のシークエンス」
最近、一番持っていかれた作家。
ひかりは拡散し、収縮し、そしてまた拡散する。
ひかりにつつまれ、ひかりに僕らは描写されてる。
そんなことを思いながら、ひとつの作品を10分ぐらい眺めてた。
この方の作品はほとんどWEBには出回っていないので
是非 東京ステーションギャラリーでご覧ください。
僕は、これからも毎月見に行こうと思っている。